2016年8月20日土曜日

イメージ案「1ミリシーベルト」の文章に審議会で批判が集中


毎日新聞(2008年2月3日)

原爆症認定、基準見直し 救済の扉、どこまで


昨年8月に始まった原爆症認定基準の見直しは、今年1月に政府・与党が新たな審査方針の概要をまとめ、4月導入に向けて被爆者側と厚生労働省の協議が週内にも始まる。被爆者健康手帳所持者の約1%しか認定されない「狭き門」が広がることは確実だが、被爆者側の国への不信は根強く、全国で係争中の集団訴訟の行方も不透明だ。平均年齢が74歳を超える被爆者が「最後の大きな運動」と位置付ける原爆症認定問題の攻防は正念場を迎える。【清水健二、錦織祐一、大沢瑞季】

◇個別審査、不信強く

「まだ納得できる制度になっていない」。1月24日、厚労省に協議の場の設置を要請した日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の代表らは、担当者に厳しい視線を投げた。

従来の原爆症認定は、浴びた放射線量が病気にどの程度影響したかを表す「原因確率」が、ほぼ絶対的な基準だった。新たな審査方針は、今まで切り捨てられた原因確率10%未満のケースに認定の道を開いたのが特徴だ。「爆心地から約3・5キロ以内で被爆」といった要件を満たすがん患者などは実質無審査で認定し、漏れた場合も、個別審査で救済を図る。

問題は「個別審査」の中身だ。これまでも個別審査の形は取っていたものの、実際は原因確率で機械的に振り分けられ、被爆後の行動や脱毛などの症状はほとんど無視された。この部分のハードルが高いままだと、救済の目的を果たさない。

実績を見ると、新たに認定されるのは年間百数十人。総認定者数は2000人台で推移している。「個別審査は予算との調整に使われるだけでは」。被爆者からは、こんな懸念が聞かれる。

一方、審査を担当する専門家にも、新方針への戸惑いが見られる。21日の被爆者医療分科会では委員から「科学的に矛盾する」と疑問が噴出した。日常に浴びる年間放射線量(1ミリシーベルト)を一瞬に浴びることになる「3・5キロ以内の被爆」であれば認定するとした点には「数字が独り歩きすると、少量の被ばくで健康を害するという誤解が広がる」と批判が集中した。

今回の見直しを、厚労省幹部は「科学というより政治」と解説する。しかし認定の水準を下げた結果、原爆症患者へ給付される医療特別手当(月約13万7430円)と、放射線との関係が否定できない病気になった場合の健康管理手当(月3万3800円)の違いはあいまいになった。被団協の田中煕巳(てるみ)事務局長(75)は「被爆者全員に健康管理手当を払い、病気になったら原爆症と認めた方が分かりやすい」と指摘する。

被爆者の主張は「被害は国が償うべきだ」という国家補償に行き着く。被爆者援護法は「国の責任」との表現を使い、批判を浴びた。厚労省は医療・福祉対策の一線は越えぬまま、救済範囲は広げるという制度設計を余儀なくされている。

◇司法行政、二重基準の恐れ

認定基準の見直しは、15地裁で起こされた訴訟で国側が6連敗したのが発端だった。しかし訴訟解決の形は、まだ見えていない。

原告団は1月10日、302人の原告全員を政府に原爆症と認定させる方針を確認した。6地裁で勝訴した原告は82人にとどまるが、山本英典団長(74)は「命を削って闘っている原告の労に報いるべきだ」と主張する。

一方、厚労省の立場は「行政も司法も原爆症と認めていない人まで例外的に救済するわけにはいかない」。訴訟を取り下げたうえで改めて新基準で認定を求めるのが正しい手続きだとして、全員の認定には否定的だ。弁護団の推定によると、新たな審査方針に従うと、東京1次訴訟の原告30人のうち7人は認定から漏れるという。

新基準導入後も訴訟が多発し、行政と司法で二重基準が作られるのを恐れるのが、厚労省と被爆者の間に立ってきた与党だ。与党プロジェクトチーム座長の河村建夫元文部科学相は「泥沼化は許されない」として、国側に敗訴分の控訴取り下げ、原告側にも裁判を続けないよう促す構えを示す。また国側が一時金を払って和解する案も一部に出ている。

◇「線引き」、医師ら批判

被爆者の治療に当たる医師たちは、新方針をどう見るのか。

疑問の声が強いのが、3・5キロ、100時間といった距離や時間による「線引き」だ。認定訴訟で00年に初めて最高裁で勝訴した長崎市の松谷英子さん(65)の主治医、山下兼彦医師は「被爆者で、かつ裁判で認められた症例が出れば、すべて原爆症としなければ、つじつまが合わなくなる」と指摘する。

福島生協病院(広島市)の斉藤紀院長も「3・5キロ以遠での被爆や、100時間以後の立ち入りでも、残留放射線などで自然界で浴びる以上の放射線にさらされたのは明らかだ」と批判。さらに個別審査についても「急性症状などで判断するというが、記憶が定かでない人は多い。同じ時期に同じ地点にいた人でも、記憶の有無で判断が異なってしまう」と問題を挙げる。

被爆者にも線引きの不安がある。爆心地から1・2キロで被爆した広島訴訟原告の丹土美代子さん(75)は1審で原爆症と認められたが、症状はC型慢性肝炎で、新方針の無審査認定の疾病に入っていない。「がんになってから認定されるのでは遅い。肝炎も早く認定してほしい」と訴える。